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犬トーテムは、比較的新しい年代に発生したトーテムです。
分かりやすい例では「モンゴル民族の起源神話」があります。
天からの命によって生まれた蒼き狼、ボルテ・チノがいた。
狼は、白き鹿、コアイ・マラルを妻とした。
狼と鹿は、大きな海を渡り、オノンの川を登っていった。
やがてブルカン山の頂上を住みかとして、鹿はバタチカンを生んだ。
犬及び狼は、独立独歩や孤高の精神を示す気高い象徴です。
「一匹狼」「餓狼」のように「強くて凛々しく、人となじまない」というイメージのある狼ですが、「犬」となるとご存知の通り「人懐こくて賢い」という、ほぼ真逆のイメージになります。
これは、草原や山間など、峻厳な環境を行く人々にとって「危険を察知すること」と「仲間としっかりとした絆を保つ」という両面が重要であったことを考えると、理解しやすいのではないでしょうか。
限られた資源とともに旅をしなければならないとき、戦闘での敗北はまさに死、そして一族の滅亡を意味します。だからこそ、戦闘においては必勝が求められました。
戦う犬トーテムの例として「クー・フーリン」という英雄伝説があります。
クー・フーリンはケルト神話で特に有名な英雄で、その名は「クランの犬」という意味を持ちます。彼はもともと「セタンタ」という名でしたが、ある行き違いでクランという鍛冶屋の犬を殺してしまったために、その家の番犬となって彼らを守ることにした、ということでそう呼ばれるようになったということです。
その後、クー・フーリンは戦いのなかへ飛び込んでいきます。その活躍は目覚ましく、彼が戦うときには「まるで悪鬼のように変身」し、小さい体は巨人のように大きくなり、髪をさかだてて別人のように周囲を破壊し尽してしまうのだと伝えられています。
とはいえ、クー・フーリンは戦いを自ら望んでいたわけではありません。故郷の人々を守るため、己や友人の誇りを守るために戦い、そして名誉と共に散っていきました。
このように、犬トーテムには「穏やかで優しい普段の姿」と「異業となって忘我し暴れる姿」の二面性があります。近年の漫画やライトノベルなどの主人公にもこうしたキャラクターが人気を博していますね。
本来、犬にとって「穏やかな日常」は何よりもかけがえのないものです。優しい主、楽しく遊ぶ仲間たち、温かい寝床、おなかいっぱいのごはん、ただそれだけがあれば、本当は何も要らないというのが犬の本質です。
そんな心優しい存在が豹変してしまうことは、何より耐えがたい悲劇に違いありません。
古来から現代まで、元は心優しく人懐こい犬が、主人の悲劇や苦難に出会って猛然と戦うという類型の話は多く、その悲痛な姿は我々の同情の涙を誘うものです。
こうした類型に当てはまるエピソードは、現実の中にもしばしば登場します。昨今、山から下りてきた熊のトラブルが増える中で「熊を撃たないでほしい」と訴える声があるというのも、実はこんなところに理由があるのかもしれません。
ですから、そんな犬に寄り添ってくれる心優しい存在は、それはもうとても尊いものです。傷つき荒れ狂う獣のもとに、静かに寄り添ってくれるのは、いつだって兎のような優しい生き物です。
詳しくは兎のところで話をしますが、トーテムとしての兎は様々な姿があり、鹿もまた兎トーテムの一種であると考えられます。
私はボルテ・チノに寄り添ったコアイ・マラルのような素敵な存在が、心吹き荒れる狼の元に現れることを、心より願っています。
もし自分が犬トーテムで、身近に尽くしてくれる兎トーテムの人がいるなら、きちんと感謝をしましょうね!

犬トーテムイメージキャラクター:立花識(たちばな しき)