またまた、昔話です。
むかしむかし、あるところに、偉大な「八卦」という占いの方法がありました。
この極意は一部の人にしか伝わっておらず、その神秘的な力は「呪い」として恐れられていました。
しかし、国が大きく豊かになっていくにつれ、この極意をたくさんの人に分かるようにまとめておく必要がでてきました。
そして、未知の自然だけでなく、今度は人間同士のいさかいを防いだり、商いや恋愛といったひとりひとりのためにもこの極意を使う必要が出てきました。
門外不出とされていたこの極意を伝えるための、特別に重要なプロジェクトが始まりました。
プロジェクトの名前は「易経」。
この後、何千年の時代を超えて引き継がれ続ける巨大な試みの始まりの瞬間です。
易経の成立
八卦が最初にはっきりした文字で記され、体系化されたのは「易経」という書物においてです。
この書物を書いたのは「伏羲」と呼ばれる人物です。

またお前か!
と言われそうですが、中国における太古の書物や歴史ある叡智はたいてい、この人(人?)の仕事であると言われます。何しろ、この世界を創り出した存在なので、八卦をまとめて易占を体系化するのなんて朝飯前です。
このように、歴史を積み重ねて伝道していく際に、由緒ある権威と結びつけることを「仮託」と言います。仮託としてよく知られているのは、たとえばイエス・キリスト、あるいは孔子、ソクラテスなんかがそうですね。みんな、弟子が「師匠はこんなすごいことを言った」という形で重要な教えを残しています。
ちなみに、ドイツでは「ゲーテは全てのことを言った」とされていて、何でも仮託されるジョークに使われます。つまり、それっぽいことを言ったあとに「ゲーテもそう語っている――」と遠くを眺めながら言えばだいたい信じてもらえるということです。
さらにちなんでいくと、仮託のちょうど逆の意味になる言葉に「仮冒」というのがありますが、これはまたの機会に。
易経は、それまで蓄積された占いの方法と考え方をひとつにまとめて論じつつ、数多くの占い結果について解説するという内容になっています。
詳しくは方法論の話で解説しますが、この本は「六十四卦」の各解説を行う「経」と、易の包括的な体系や重要な個別の概念を扱う「伝」(十翼ともいいます)によって成り立っています。
実際のところ、それぞれの箇所がいつ、誰によって編纂されたのかは(やっぱり)よく分かっていませんが、現代でも易と八卦を知るために非常に重要な書物です。
この書物は、占いの体系化であると同時に「国家や社会を安定させるための指南書」という性格も有しています。この頃には「儒教」という社会の秩序を重んじる思想が登場しており、当時の中国社会が巨大な都市国家をひとつのまとまりとしようとしていました。
そのため、それまで広大な宇宙や自然との対置によって獲得したさまざまな法則を、今度は人間の関係のなかに適用してみよう、という試みがなされました。
したがって、「易経」に書かれた様々な思考的挑戦は「豊かな人間関係」に強く意識が置かれたものです。たとえば、八卦をそれぞれ「父、長男、次男、三男、母、長女、次女、三女」と置いて8人家族の秩序のたとえとして占うという考えも示されています。
こうして、もとは抽象的な事象の判断のために使われた「魔法のような術」が、やがて「人々を豊かな関係に安定させるための仕組み」へと応用されていったわけです。
こうして、いま知られているような、占筮(竹の棒)を用いた、相性や仕事運、家内安全などを診るための「易」として成立し、人々に広く広まっていくことになっていきました。
さらに、易と八卦は、同時期に東アジアで大きな影響力を持っていた「道教」と相互に影響しあっています。
道教については、この次の記事で。