まずは、昔話をしましょう。
むかしむかし、あるところに、何もないだだっ広い場所がありました。
その場所の真ん中で、ひとりのとてつもなく暇をした者が、あんまりにも暇すぎるので、物凄い力と気の遠くなるような時間をかけて、光と闇をわけました。
そして今度は、光からまた闇を、闇からまた光を作りました。
それをまたもう一度繰り返して、世界には8つの形が生まれました。
――これが八卦の誕生です。
八卦はどこから来たのか?
これは八卦がいつ、誰によって作り出されたのか? というお話ですが、この伝説の本当の正体は「よく分かっていない」というのが現状です。
上記の伝説では「伏羲という世界を生成した存在が遺していった」ということになっているのですが、この神様みたいな御仁は「上半身が人間、下半身が龍」という非常にファンタジーな見た目をした生き物です。

すごい見た目ですね。絡み合っているのは「女媧」という対にあたる存在で、夫婦とも、兄妹とも言われています。
また、占いの起源が歴史を記録した文字資料よりも古いせいで「誰がどこでどうやってこれを作りました」というはっきりした記録がない、というわけなのです。
そんなの本当にいるの? いやいやフィクションでしょ?
というのは、過去恐らく何度も繰り返されてきた議論ではなかろうかと思います。
ここで、もう一度昔話をしましょう。
八卦を「見つけた」人
むかしむかし、あるところに、めちゃくちゃ勘の鋭い人が居ました。
この人は、星の並びや、太陽と月の場所から次の日の天気や温度を予測したり、農作物の収穫を予言する謎の能力を持っていました。
この予言がとにかくめちゃくちゃ当たるので、この人の言うことを聞いている人たちは豊かになり、そうでない人は貧しくなってしまいました。
そのうち、力の強い部族の長がこの人のところへやってきます。
「おい、お前! 俺のところへ来て、その予言とやらをやれ!」
この人はしぶしぶ従い、予言を始めます。そしてやっぱり、かなりの確率で予言が当たります。
部族の長は、予言してほしいことをどんどん尋ねてきます。
やがてこの人は、予言を外してしまえば大勢を危機に晒してしまう、大きな責任を負うようになっていきました。
この人は考えました。
なぜ予言が当たるのか。
なぜ「何もない」ではなく「何かある」と「何かない」があるのか。
みんなが明日の生死をかけて必死で戦っていた時代です。
この人は必死で考え続け、祈り、あらゆる道具を用いて状況を理解しようと努めました。
そして、あらゆる方法の中で「動物の骨を焼き、割れた筋の方向を見る」という方法がなぜかとても有用だということに気づきます。
ひとつの骨よりも、ふたつの骨。
ふたつの骨よりも、みっつの骨。
みっつの骨を並べて、その吉凶を見たときに、この人には合わせて8つのイメージが湧いてきました。
それらの動きと関係について考え、推論を重ね、位置を特定し――
やがて、世界全てを説明する完全な組み合わせを発見しました。
そしてこの人は唐突に、空を見上げます。
「――そこに、だれかいるのか?」
「卜占」について
こういう風に、骨を使って吉凶を占う方法を「卜占」と言います。
さて、卜占というのは上記の通り「割れ目が縦か横かで占う」というものなので、基本的に「プラスか、マイナスか」という二者択一の性格を持ったものです。
このように、対立するふたつの軸を使って判断する、というのが占いの持つ基本的な仕組みであると考えられます。
そして、骨を使った抽象的な占いから、文字の発達にしたがって竹製の道具を使用した占いが主流となっていきます。
結果、八卦の起源はよく分かっていない、ということなのですが、恐らく「古代、重要な判断をするための占いで情報が蓄積された結果、洗練されていったのが八卦である」といえると思います。
それは、長い長い時間をかけて、命がけで生きた先人たちがつかんだものを積み重ねた結果です。
当たるも八卦、当たらぬも八卦と言いますが、そんな中でも「当たった」と言えるケースを手本にし、「当たらなかった」と言われるケースを課題として、何百年、何千年と試行錯誤を続けた結果、本質として残ったのが例の8つの文字と記号であった――というのが、私の考えです。
このため、八卦には「シンプルだが、無限に展開が可能な拡張可能性がある」という強力な特徴があります。
ゆえに、八卦はその後非常に多岐にわたる方法で活用され、やがて人々の生活の中に溶け込んでいきます。
次の記事では、その過程についてお話をしていきます。